
--世界88の国と地域で展開するブランド「SHISEIDO」のメーキャップ商品が、この2018年8月に全面リニューアルとなりましたね。
駒井:今回は初めて、ニューヨークの「メーキャップ センター・オブ・エクセレンス」(以下、COE)と一緒にプロダクトのデザインをつくりました。
--センター・オブ・エクセレンスというのは?
駒井:2016年10月に完成した、マーケティング、ブランド育成のための価値創造グローバルネットワーク体制です。東京(スキンケア)、ニューヨーク(メーキャップ、デジタル)、パリ(フレグランス)と、各カテゴリーにおいて世界的に影響力を持つエリアに、それぞれの領域に特化した拠点を構えました。最先端の市場で情報収集や商品開発をリードし、それを資生堂グループの全世界のマーケティングに展開していくというものです。
--今回のメーキャップリニューアルに、COEはどのように関わられたのでしょうか。
駒井:もともと資生堂は調剤薬局としてスタートしたこともあり、すぐれた日本の技術力を活かしたスキンケアには強みがあります。一方でメーキャップの場合、世界では日本よりアクティブかつスピーディーにトレンドが移り変わっていきます。そこでニューヨークのCOE主導で世界に通用する商品のコンセプトをつくり、それを繊細な色の再現や使い心地のいい処方、容器の設計といった日本の技術力で製品化していきました。
--プロダクトデザインについては、どのようなプロセスで進められたのですか?
駒井:COEから提示された商品コンセプトは、「モダンジャパン」でした。そしてそれをかたちづくるものとして、「Modern Juxtaposition(相反するもの)」「Balance(バランス)」「Multi-sensory(感覚的)」「Precision(緻密さ)」の4つが挙げられていたんです。
そのなかからぼくらは「Modern Juxtaposition」をデザインテーマにできたらおもしろいのではないかとアイデアを膨らませて、3つほどデザインを提案しました。内側からあふれ出るエネルギー感や、触れたくなる質感、ユーザビリティーなど、SHISEIDOのプロダクトデザインの基本は踏襲しました。
「Juxtaposition」とは、対照的なもの同士が並置されている状態を指す言葉です。今回はそのテーマを、硬質なものを布で包んだような柔らかい形状や、艶とマットが同居するテクスチャーで表現しました。他にも提案の際には、内と外の境界が曖昧な表現として、なかの色がうっすらと透けて見える透明なパッケージも挙げましたが、最終的には現在のデザインに決まりました。
--形状やカラーなど、国内の資生堂商品の可憐なデザインに比べて、スマートな印象があります。
駒井:たしかに、少しアメリカンだと思います。これまでのSHISEIDOのパッケージが「神秘的」な魅力を持っていたのに対し、今回はアイデンティティーをはっきりさせたいとCOEから希望がありました。黒をベースに、SHISEIDOのブランドカラーである赤をキーカラーとして象徴的に入れたのは、彼らのこだわりです。
--COEとの仕事のなかで、どのような気づきがありましたか?
駒井:国内で商品を開発する場合のプロセスは、足元から積み上げていく方式をとる場合が多いです。まずコスト目安を設定し、そこから考えられる技術や仕様を洗い出し、デザインを考えていく。この方法だと失敗は少ないのですが、斬新なデザインは生まれにくいと思っています。一方でCOEの方法は、コストや技術ではなく、本当に自分たちが実現したいデザインが起点でした。
たとえば今回は、デザイン上コンパクトをできる限り薄くしたいという希望がありました。日本でのものづくりなら、既存のパーツからなるべく薄いものを選択するのが普通です。でもCOEの人々は、さらに薄くする方法がないか、とりあえずチャレンジしてみようよという発想です。コストも時間もかかりますが、本質的にやりたいことに向かっていくんですよね。
工場の品質管理部門の人たちは製品にする責任もありますし、恐らくCOEとやるのは想像以上の苦労だったと思います(笑)。ですがぼくたちデザインチームとしては、条件や過去の実績に縛られずたくさんの新しいことにチャレンジできたので、とてもおもしろかったです。
--デザインについては、COEからの難しいリクエストはありませんでしたか。
駒井:「漢字をデザインに組み込んでほしい」と言われたことでしょうか。漢字はやはり日本らしいイメージがあるので、海外では人気なんですね。デザイン次第では日本人が見るとダサいものになってしまいますが、そこで「漢字はやめようよ」と言うのではなく、「日本人にとっても新鮮な漢字の入れ方とは?」と考えました。
結果、ブランド名「資生堂」ではなく、サブ情報の「東京 銀座」を、エンボス加工で箱にさり気なく入れることで、カッコいいデザインに仕上げられたと思います。発想次第でいかようにも見せられる、というのはデザインのおもしろいところですよね。インハウスのデザイナーとして、ずっとひとつのブランドに関わっているからこそ発想できるデザインもあると思うので、そこに魅力を感じます。
--COEと仕事をして再認識した、自分たちの強みはありますか?
駒井:やっぱり日本のものづくりの技術はすごいと思いました。ぼくらのやりたいことを理解したうえで、ディテールまでコントロールしてくれる技術力や再現性へのこだわりには、あらためて尊敬の思いを持ちましたね。COEが提示したダイナミックなビジョンを、ぼくらのノウハウで細かいところまでこだわってかたちにする。理想を実現していくその過程が、いちばん苦労したポイントでもありましたね。
--駒井さんは入社以来プロダクトデザインに携わられているそうですが、お仕事のうえで大事にされていることは?
駒井:そうですね......チームワークは基本だと思います。あとは、レスポンスの早さ。アイデアを熟考して1案出す方もいますが、ぼくはなるべく答えを決めつけないように意識して、さまざまな方向性の提案をいくつもつくってみます。それに対してチームの意見を聞き、ブラッシュアップしながら、つくりこんでいくようにしています。
--頭が柔らかくないと難しいことですね。
駒井:クリエイティブ本部は職種採用で異動がほとんどないので、どんどん職人的にひとつの道を極めることになっていきがちなんです。反対に、一緒に仕事をすることが多いマーケティングチームなどは、他部署からの異動も多いです。
すると、職歴の長いぼくの意見が正しいと思われてしまいがちなんですが、そうとは限らないですよね。だから自分を信用しすぎず、新鮮な目で見た、違う視点からの意見をきちんと聞くように気をつけています。
一方で、長くやってきたからこそ蓄積された知識と経験で、アイデアを実現するためのベストな方向を提示できる良さもあると思います。仕事をするうえでは、どちらも大切にしたいですね。
--今回は、国境を越えたチームでの仕事でした。国内のチームでやる場合とは、また全然違ったのではないでしょうか。
駒井:たしかにたくさん苦労はありましたが(笑)、COEが掲げる理想に対して、現実的に何ができるのか、実現するにはどうしたらいいのかを愚直に考えていきました。
当初から、提案したデザインをすごく気に入ってくれていたんです。COEの社内向け報告会などでも、「ひと目で気に入った」と話してくれて。正直な人たちなので、嫌なときは嫌とはっきり言うぶん、その気持ちはまっすぐに伝わってきました。これからもCOEとの体制はつづくので、プロジェクトの度にお互いをもっと知っていければ、より良いものづくりにつながるのではないかなと思っています。
--それでは最後に、駒井さんが今後挑戦してみたいお仕事についてお聞かせください。
駒井:ぼくは人が使うものをつくりたくてプロダクトデザインをやっているので、それに対する尽きない興味がまずありますね。見た目の美しさだけでなく、使い心地も重要だったり、購買意欲にも直接つながるものであったり、プラスアルファの要素があるのがおもしろいです。
資生堂は会社として長く積み上げてきた土台がしっかりしているので、大切なポイントさえ押さえておけば、あとは比較的自由にものづくりができます。歴史ある会社こそむしろいろいろトライしないと、古臭くなってしまう。個人的には、以前「サクヒン」で取り上げていただいた『CRAFTING NEW BEAUTY』のように、化粧品に限らず、たとえば家電やサービスなど、美を実現するためのプロダクトに広い視野で挑戦していきたいです。
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