長く愛されるロゴデザインとは。巨匠ヘルムートシュミット氏に学ぶ

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デザイナーであり哲学者。ロゴタイプのアーティスト・シュミット氏

30年以上の歴史を持つ資生堂の定番スキンケアブランド「エリクシール」をはじめ、「イプサ」「d プログラム」「マキアージュ」などさまざまなブランドロゴを手がけられたタイポグラファー / グラフィックデザイナーのヘルムート・シュミット氏。そのシュミット氏が2018年8月、76歳で惜しくも逝去されました。このインタビューではこれまでの資生堂とシュミット氏の仕事を振り返り、いま一度彼のロゴデザインの哲学を学び直したいと思います。

--まず、シュミットさんが資生堂との仕事をスタートしたきっかけはどのようなものだったのでしょうか?

信藤:30数年前、グラフィックデザイナーの杉浦康平さんが資生堂にシュミットさんを紹介してくださったと聞いています。それをきっかけに1983年、「エリクシール」のロゴを制作していただきました。

--「エリクシール」がシュミットさんによる、初めての資生堂でのロゴデザインなのですね。当時、「エリクシール」のロゴデザイナーとしてシュミットさんを選んだ理由はどこにあったのでしょうか?

信藤:もともと資生堂の化粧品は、アール・ヌーボーやアール・デコのエッセンスを感じさせる、エレガントなイメージを持つものが大多数でした。ですが1980年代頃から、中身の機能性を伝えるパッケージや広告表現が求められるようになってきたのです。

そこで「エリクシール」では、先端的なブランドイメージをつくり上げるため、シュミットさんにロゴデザインを依頼したのだと思います。結果、シンプルでスマートなシュミットさんのデザイン性がよく現れたロゴが生まれました。

川合:「エリクシール」の初代ロゴは、「X」の線が交差する部分のデザインが特徴的です。シュミットさんは、「線の重なる部分は重くなりがちなので、そうならないよう意識している」とおっしゃっていました。ほんのわずかに見える工夫ですが、実際にそのおかげで、化粧品としてふさわしい繊細な佇まいが生まれ、どこか印象に残るポイントとして機能している気がします。

--2005年以降、「エリクシール」は何度かリニューアルを行っていますね。

川合:2005年から「エリクシール ホワイト」「エリクシール シュペリエル」と、訴求内容によってブランド名を分割し、それぞれのロゴをシュミットさんに担当していただきました。そして2014年には、ブランド力強化のためにそれらを再度ひとつのロゴにまとめ、現在に至っています。

2005年からのロゴは、スリムなボトルの形状にもぴったりくる、シンプルななかに個性があるデザインだと感じています。ひとつ大変感動したのは、「エリクシール ホワイト」と「エリクシール シュペリエル」、それぞれの頭に共通してついていた「エリクシール」のロゴは、同じように見えてほんのわずかに形が違ったこと。ロゴを拡大して初めてわかるくらいの差で、気づいたときには本当に驚きました。

「ホワイト」や「シュペリエル」がよりきれいに見えるように、文字の間隔や傾きを細かく調整してくださっていたんです。2014年に「エリクシール」のみがロゴとして使われるようになった際は、単独となった状態で最も美しいよう調整を施してくださいました。

ヘルムート・シュミット氏。1942年オーストリア生まれ。ドイツで植字工の徒弟期間終了後、スイスのバーゼル・スクール・オブ・デザインでエミール・ルーダー、ロベルト・ビュヒラー、クルト・ハウエルトの下に学ぶ。制作活動はスウェーデン、カナダ、スイス、ドイツ、日本にわたる。情報伝達とフリーフォルムという二元性に直面しながらデザイン活動に取り組んだ。また、長年にわたり、執筆、出版、教育にも精力的に関わった(撮影:Banri)
1983年の発売当初の「エリクシール」ロゴ

現在の「エリクシール」ロゴ

ロゴに「機能」と「キャラクター」を与える、アクセントの重要性

--2005年に誕生したメイキャップブランドの「マキアージュ」も、シュミットさんがロゴデザインを担当されたブランドだそうですね。依頼のきっかけについて教えてください。

信藤:「マキアージュ」は、ポイントメイキャップとベースメイキャップを両方扱うブランドをつくるメガブランド構想から誕生したブランドです。「マキアージュ」というブランド名もフランス語で「化粧」を意味するストレートなものです。

そんな「メイキャップの王道」といえるような名前のロゴをつくるにあたり、すでに資生堂を代表するブランドで実績を上げられ、私個人的にも憧れを抱いていたシュミットさんにぜひデザインをお願いしたいと考えました。当時のシュミットさんにはメイキャップブランドの代表作がなく、私自身それを見てみたいという思いもありました。

ブランドの世界観は、資生堂の初期のデザインスタイルにも影響を与えたアール・デコ様式をベースに持ちながら、それをより機能的でモダンに解釈することを目指していました。

--アール・デコの要素は、シュミットさんの持ち味であるシンプルで理知的なイメージとは少し異なるものですね。

信藤:そうですね。シュミットさんは「ユニバース」の書体が好きなことで有名だったので、何もリクエストをしないとシンプルで削ぎ落とされたデザインのロゴが納品されるような気がしていたんです。

それで私は、アール・デコ調のフォントとして美しさを感じていた「ボドニ」(雑誌『VOGUE』のタイトルなどに使われている書体)をベースにしてほしいとリクエストしました。

当時の上司は「シュミットさんらしくないボドニをベースに、よくぞここまで優美でオリジナリティーのあるロゴに仕上げてくれた」と言っており、傑作と評価してくれています。

--1997年に発売された「d プログラム」についてはいかがでしょうか?

広瀬:「d プログラム」は敏感肌向けのブランドなので、シュミットさんの繊細なイメージのデザインが合うのではと依頼したと聞いています。最初に出てきたデザインは、一見すると違いがわからないほど、ピッチや太さが微調整された4案でした。

「d プログラム」は文字数が8文字と多いですが、「d」を大きく扱うことで長さを感じさせないものに仕上げていただいています。「d」の文字は「フルティガー」というフォントをベースに、縦棒の先端に小さな横棒をつけてアクセントにしてくれました。

--広瀬さんは、2018年にリニューアルが行われた「ベネフィーク」にも、デザイナーとして関わっていらっしゃるそうですね。

広瀬:じつは「ベネフィーク」も「d プログラム」と同様に9文字と文字数が多く、「読みにくい」という意見や、ロゴとしての認知度が低いという状況がありました。そんなお話をシュミットさんにしたところ、「I」と「Q」にアクセントをつけたデザインを提案してくださいました。

こんなふうにシュミットさんは、依頼内容以外のアイデアを提案に入れてくださることも多かったですね。「イプサ」のロゴも「I」の上に大きなアクセントがついていますが、これもシュミットさんからの提案だったと聞いています。

信藤:「ベネフィーク」については、マーケティング部門から「情緒的な世界観をあらため、気持ちまでアップデートする商品ベネフィットを訴求していきたい」というリクエストがあり、シュミットさんにリニューアルを依頼しました。

私はシュミットさんが新しく提案してくれた「ベネフィーク」のロゴを見て、その文字列のなかに知能指数を意味する「IQ」が隠れていたことに初めて気づきました。ベネフィット訴求というリクエストにも合致しており、その洞察力に感心しましたね。最終的にマーケティングの都合でこのデザインは採用できませんでしたが、私はこのアイデアがとても気に入っています。

「マキアージュ」2005年
「d プログラム」1997年
2018年のリニューアル時にシュミット氏から提案のあった「ベネフィーク」ロゴ案
「イプサ」1983年
それまでの資生堂にとって新たな価値観を提案した、「資生堂」の名を冠しない初めての別会社プロジェクト。0.1ミリ以下のレベルで線の太さの微調整を行い、力強く新しいロゴタイプが生まれました。(杉浦俊作※)

「ネーミングのなかに、ロゴはすでにある。デザイナーはそれを彫り出すのみ」

--2017年に、スキンケア&ボディケアブランドとして誕生した「レシピスト」についてはいかがでしょうか?

川合:レシピストのロゴについては、シュミットさんのロゴ制作の哲学に触れたような、大変印象深い思い出がひとつあります。ロゴを納品する際に、こんなテキストを添えてくださったんです。

「響きの良い『レシピスト』という商品名は、曲線と直線のリズミカルな並びで構成されています。このロゴデザインは、ネーミングのなかにすでにありました。われわれはただ、軽やかに、開放的に、そして記憶に留まるようロゴを整えただけです」と。

広瀬:ミケランジェロの言葉に「どんな石の塊も内部に彫像を秘めている。それを発見するのが彫刻家の仕事だ」というものがあります。シュミットさんは「ミケランジェロが彫刻について言ったように、完成されたフォルムは原石のなかにすでに含まれています」とおっしゃっていました。

信藤:彫刻をつくる際は、一度掘ってしまうとあとからは元に戻せない。一瞬一瞬の動きを形に留めていく営みです。ロゴもまた、記憶に留まる形を見つけ出すという点で、似ているのかもしれませんね。

直感を大事にロゴを「掘り出す」シュミットさんからは、完成したロゴの制作過程やストーリー、込められた意味はほとんど聞いたことがないんです。

私は、シュミットさんはデザイナーであるとともに、芸術家や哲学者でもあったと思っています。緻密で洗練された作品のイメージとはあまり似つかない、大阪のごく普通のアパートの一室に構えられていた仕事場からも、哲学者のような生き様が感じられました。

--シュミットさんとのお仕事のなかで印象深いエピソードは他にありますか?

広瀬:シュミットさんはフォントをそのまま使うことなく、微妙な調整を必ずされるんです。それがすごく繊細でエレガントな雰囲気を醸し出していて、資生堂のパッケージの世界観と通ずるところがあるのかなと感じていました。そしてそうした調整は、扱う書体やアルファベットの本質を熟知しているからこそできることなのだと思いましたね。

信藤:シュミットさんはそうしたひと工夫で、ロゴに特徴をつけるのが非常に上手な方でした。

「マキアージュ」のロゴについて、「uとiとlは小文字で、大文字と小文字を不規則に混ぜても問題ないんですか?」と聞いたことがあるのですが、シュミットさんは「ロゴのなかでは文字を自由に解釈していい」という思想をお持ちでした。ロゴのデザインにおいては、生真面目に文法にとらわれる必要はないのだと勉強になりました。

「レシピスト」2017年

ブランドにキャラクターをつけること、古びないこと。2つが守られたロゴは大きな財産

--シュミットさんの仕事に対する姿勢からみなさんが学んだことはありますか?

川合:プロダクトデザインとロゴデザインの調和がいかに重要であるかでしょうか。シュミットさんは打ち合わせの際に、プロダクトデザイナーである私に必ず「あなたは何をつくろうとしているの?」と問いかけてきました。

ですから依頼する前に責任を持って、どういうプロダクトをつくりたいのか、その世界観をきっちりつくり上げて伝えられるようにしました。そしてシュミットさんはいつも、その芯を的確に捉えたロゴを上げてきてくださいました。

信藤:私はシュミットさんが研究されてきた文字組みから、多くのインスピレーションを受けました。ロゴにはブランドをキャラクターづけする役割があり、かつ、時代が変わっても古びないことが大事。シュミットさんのロゴデザインはその2つを必ず守っています。だからこそ長く親しまれ、ブランドにとっての一番の財産になっている。資生堂がシュミットさんを信頼して多くのロゴをお願いしてきた理由も、ここにあると思います。

--「エリクシール」や「マキアージュ」をはじめ、シュミットさんがロゴデザインを担当されたブランドには、ロングセラーのものが多い印象があります。ロゴの影響も大きいのでしょうか?

信藤:そう思います。あらためて並べて見てみると、シュミットさんのロゴには一貫した美意識が通底しているように感じます。

そしてそれは、アルファベットの組み合わせから、ブランドのコンセプトやストーリーに相応しい「かたち」を見つけ出してくださったシュミットさんの洞察力と、洗練と普遍を兼ね備えたロゴを求める資生堂、互いのやりとりのなかから生まれたものなのではないかと。

お互いの考えや美意識をリスペクトしていたからこそ、余計なものが削ぎ落とされた一番強度のあるデザインを選択できたのでしょう。シュミットさん亡き後、彼のような「ロゴタイプのアーティスト」をどのように見つけるかは、資生堂の大きな課題です。

広瀬:シュミットさんのデザインのDNAを受け継いでいる方として、娘のニコールさんもいらっしゃいます。いまはシュミットさんのお仕事を継いでいらっしゃるそうなので、一緒に仕事をしていけたら素敵ですよね。

--シュミットさんが遺してくださったものを、これからの資生堂にも活かしていけるといいですね。

川合:プロダクトデザイナーとして、ロゴデザイナーのシュミットさんと一緒にものづくりができたことは、私にとって大きな財産です。

シュミットさんは満足できるものが完成したとき、いつもすごく嬉しそうな表情をされるんです。できあがったプロダクトを見たシュミットさんに「よかったね」と言っていただけることで、完成した喜びをあらためて噛みしめるとともに、心から腑に落ちるような感覚もありました。

信藤:追悼の展示を訪れた際に、生前の研究や書籍を拝見し、シュミットさんの日本文化に対する造詣の深さをあらためて知りました。もっと、日本のブランドの可能性についてお話をうかがいながら、一緒に仕事をさせていただきたかったと強く思っています。

「UVホワイト」1985年
スキンケアの最先端技術を使ったブランドの、科学的なイメージを表現したいという思いからシュミットさんに依頼。ロゴとともに化粧品らしい繊細なシンボルマークも作成いただきました。好きなフォントの話をした際、「すべてのフォントを重ね合わせてその芯をたどるとユニバースに行き着く」とおっしゃっていたのを覚えています。(池田修一※)

※は資生堂OB
「インアンドオン」2010年
美容食品と化粧品のブランドとして、内と外を巡る生命感を表現するため、「&」に循環をイメージさせるような特徴づけを行いたいとご相談しました。資生堂らしい唐草の要素が印象的な、素晴らしいデザインに仕上げてくださいました。(陣内昭子※)

※は資生堂OB

「日本の精神・文化に共感していた」。ニコール・シュミット氏からのコメント

父・ヘルムートはスイスのバーゼル・スクール・オブ・デザインでの学生時代、タイポグラファーのエミール・ルーダーに師事していました。彼を通して、岡倉天心の『茶の本』をはじめとした日本の精神・文化について知り、興味を持ったそうです。

卒業後はカナダで就職しましたが、その後日本での就職先を求めてデザイン誌『アイデア』宛に手紙を送ったところ、当時の編集長の大智浩さんから大阪の広告代理店を紹介されてすぐに来日。一度ヨーロッパへ帰国しますが、日本で働きたいという思いから再び戻り、それからはずっと大阪を拠点としていました。

「自分のデザインは化粧品には向かないだろう」と思っていたヘルムートに1982年、当時の資生堂のデザイナー、杉浦俊作さんより「エリクシール」のロゴデザインの依頼がありました。

「化粧品に合わせた柔らかく女性的な雰囲気ではなく、シュミットさんのデザインで」との依頼だったそうです。そのようなスタートがあったからこそ、安心してヘルムート流のアプローチができたのだと思います。

ロゴデザインの仕事は、資生堂の担当デザイナーの方がブランドの説明のため事務所を訪れてくださることから始まります。私の目から見てもヘルムートは、ネーミングとそこに込められた想いから、シンプルながら記憶に残る形を導き出すことに長けていると感じていました。

資生堂の制作チームは、ヘルムートのデザインをフルに活かすパッケージを展開してくださるので、ロゴを提出したあとはいつも何の心配もなく、店頭に並ぶ日を楽しみにしていました。発売後はドラッグストアやデパートにまめに足を運び、関わったブランドのその後を見に行き、「新しいCMがよい」「文字の使い方がよい」「イメージモデルがよい」と、仕事が手を離れてからも大切に見守っていました。

資生堂の仕事はいつも楽しんでやっていましたし、誇らしく思っているようでした。あるとき、別の化粧品会社からロゴの依頼がありましたが、「同じ分野のクライアントは持たない」とお断りしていました。それほど資生堂の仕事を大事にしていました。

ニコール・シュミット氏。1978年大阪府生まれ、神戸芸術工科大学卒業。バーゼル・スクール・オブ・デザインで学ぶ。2009年よりヘルムート シュミット デザイン勤務。ヘルムート氏亡き後、事務所を引き継ぐ
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