
--2018年1月1日、資生堂のグローバルブランド「Brand SHISEIDO」から、新しいスキンケアシリーズ「エッセンシャルイネルジャ」が、世界88の国と地域で発売されました(一部の国・地域は2018年内に発売)。これはどういった商品でしょうか。
三浦(クリエイティブディレクター):資生堂が世界の女性たちに実施した肌意識調査で、30歳前後から「以前と比べてスキンケアの効果を感じなくなってきた」と感じはじめる方が多いことがわかりました。そうした女性の肌に対し、ニューロサイエンス(神経科学)に着想を得た資生堂独自の成分「レニュラテクノロジー」で働きかけるスキンケアシリーズが「エッセンシャルイネルジャ」です。
ディミトリオス(コピーディレクター):成分としては、特にうるおい、保湿にフォーカスしています。肌のなかにスキンケア成分を感知するセンサーのような役割を果たす神経があるのですが、それを再起動し、眠っていた肌の輝きを目覚めさせるというコンセプトで開発されました。
--お二人が手がけた「エッセンシャルイネルジャ」のプロモーションキャンペーンは、いつからどのようにスタートしましたか?
三浦:2017年11月の初頭に、世界中のインフルエンサーやプレスを銀座の本社ビルに招待し、新製品発表イベントを開催しました。
ディミトリオス:同時にニューヨークでも開催し、美容エディターや皮膚科学の専門家などに来場いただきました。とても良い反響を得ましたね。
三浦:今回のプロモーションの特徴は、テレビCMとグラフィック広告がメインとなる通常のアプローチとは異なり、デジタルコンテンツや店頭など、あらゆるタッチポイントを含めた、360度コミュニケーションを設計、展開することでした。
ディミトリオス:それぞれのタッチポイントと目的に合わせ、さまざまなコンテンツを用意しました。例えばテレビなどで放映する動画は、新商品の発売を知らせ、好奇心を沸かせるもの。店頭やウェブで展開する動画では、「レニュラテクノロジー」や、商品パッケージへのこだわりを伝えるものを用意しています。Instagram用の数秒間の動画や、店頭やイベント用のポスターも数種類制作しました。これらをそれぞれ適切なタッチポイントで展開することで、コミュニケーション全体が、1つの生態系のように機能することを期待しています。
三浦:店頭やウェブ用の動画では、商品そのものよりもそれにまつわるストーリーを伝えることに注力しました。例えばパッケージに関する動画では、粘土を削り出してデザインをつくったというクラフトマンシップを伝えるなど、ユーザーと商品とのつながりを強めるような切り口で制作しています。
リアルなタッチポイントについても、特設カウンターやイベントでブランドや商品そのものを体感してもらえるよう、ブースのデザインを設計しました。これほどまでに多岐に渡るコンテンツを、全世界ほぼ同時に展開する今回のキャンペーンは、「Brand SHISEIDO」の歴史のなかでも最大規模のものといえるでしょう。
--今回のキャンペーンは、宣伝・デザイン部内の新しいクリエイティブチーム「Team 101」の始動第一弾でもあるそうですね。
三浦:今回の360度コミュニケーションを一貫したコンセプトのもとに実施するため、コミュニケーション、スペース、パッケージなど、各領域のスペシャリストが集まってできたのが「Team 101」です。宣伝・デザイン部の前身である意匠部の設立から101年目にできたチームなので、「Team 101」と名づけられました。
2020年までBrand SHISEIDOとして一貫したコミュニケーションを行い、一貫したブランドアイデンティーを構築していくために、「Team 101」は「THE SOUL OF SHISEIDO」という制作指針を掲げました。この体制で、今回の「エッセンシャルイネルジャ」だけでなく、Brand SHISEIDO全体のコミュニケーションを展開していきます。
--2018年というタイミングで「Team 101」が結成されたのには、どのような背景があったのでしょうか。
三浦:いまはもう、1枚のポスターだけで世の中を動かすことは難しい時代です。今回のようにしっかりとコンシューマージャーニーを設計したうえで、お客さまに対してさまざまなタッチポイントでのコミュニケーションを組み立てていかなければなりません。そのとき、各領域のプロフェッショナルが同じクリエイティブに向かって制作できるよう、1つのチームとして集結したということです。
また、「Team 101」では原則英語でのコミュニケーションを行っています。地域やカルチャーをまたぐワールドワイドなキャンペーンをつくるにあたっては、日本語ベースから英語ベースの思考に切り替えることは非常に重要だと思います。
ディミトリオス:「Team 101」は、2020年に向けて、資生堂がよりグローバルなプレイヤーになれるようにつくられたチームでもあるのです。私は資生堂に入って1年半ですが、入社当時は本社ビルに外国人は私一人だけのような状態でした。「Team 101」が始動してからはその人数も増え、周囲の日本人社員のメンタリティーも徐々にインターナショナルなものへとシフトしているのを感じます。外国人の社員は日本を学び、日本人の社員は世界を学びながら、それぞれの殻を破って、よりグローバルな組織に成長してきていると思います。
--世界各国で通用するクリエイティブを実現するために、どのような工夫をされましたか。
三浦:商品そのものを押し出すのではなく、世界観や美意識を伝えることに重点を置いて、国・地域やカルチャーを超えたハイレベルなコミュニケーションを目指しました。コピーは現地の言語での展開になるので、各国語に翻訳する際のガイドラインをつくりました。
ディミトリオス:翻訳を依頼するときに、私はいつも「『Translation(翻訳)』ではなく『Transcreation(翻訳と創作をかけあわせた造語)』してください」とお伝えしています。「THE SOUL OF SHISEIDO」のフィロソフィーをしっかりと生かしながら、各地域の文化になじんだ言葉に言い換えられたコピーが理想です。
--「エッセンシャルイネルジャ」でコラボレーションしたSonoya Mizunoさんは、大ヒット映画『ラ・ラ・ランド』で主人公のルームメイト役を演じるなど、世界で活躍するアーティストですね。なぜSonoyaさんを起用されたのでしょうか?
三浦:「THE SOUL OF SHISEIDO」のコンセプトは、表面ではなく内側からの美とアートを組み合わせることで、Brand SHISEIDO独自のイメージをつくり上げていくというものです。ダンサーとして俳優として、ユニークな表現活動をされているSonoyaさんの姿は、われわれの考え方ととても相性が良いと感じました。Brand SHISEIDOでは、今後もさまざまなアーティストとのコラボレーションを予定しています。
ディミトリオス:商品ターゲットがミレニアル世代であることも、アーティストの選定に影響しました。Sonoyaさんご自身もミレニアルですし、その世代に響く「芯の強さ」「内面の美しさ」を備えた女性だと思います。撮影の舞台裏を収めた動画では、彼女のありのままの姿に踏み込んだパーソナルな質問もしました。
三浦:われわれの制作物は宣伝のためのものではありますが、アーティストがありのままの姿でいられるというのはとても大切なことだと思っていて。今回も、私たちが表現したいものを理解、同意してもらったうえで、アーティストに表現してもらうことを大切にしていました。例えば撮影のなかで「じゃあいま、そこで回ってください」といったときに、なぜ回るのかを理解してもらえているかどうかによって、アーティストの表現が変わってくるからです。
ですから今回の制作では、Sonoyaさんに限らず、フォトグラファーなど、関わってくださる外部のクリエイター全員に、まず「THE SOUL OF SHISEIDO」のフィロソフィーを伝えるところからスタートするようにしていました。
--Sonoyaさんとのコミュニケーションで印象的だった点はありますか?
ディミトリオス:Sonoyaさんに「SHISEIDOと聞いて何が思い浮かぶか」と聞いたときに、「日本」と答えたことです。「美容」とか「化粧品」ではなく、「日本」。これを聞いたときに私は、Brand SHISEIDOのブランディングは成功しているな、と思いました。またSonoyaさんに限らず、スタッフの方々に「私たちが今回表現したいもの」を伝えたときも、非常に好意的な反応を受けるとともに、やはり「日本らしいコンセプトだね」と言われたのです。
--どのような点が彼らに「日本らしい」と映ったのでしょうか?
ディミトリオス:「THE SOUL OF SHISEIDO」のアプローチは「押す」と「引く」の組み合わせなのです。「エッセンシャルイネルジャ」のコピーも、ヘッドラインではとてもエモーショナルなメッセージを、そしてボディーでは成分や機能などを伝えています。落ち着いた部分と極端な部分が両立した日本という国と、イメージが重なったのかもしれません。また日本の芸術に特徴的な「間(ま)」の美しさも、三浦からみなさんに説明しました。
三浦:いわゆる「余白美」ですね。
ディミトリオス:「日本らしさ」は、Brand SHISEIDOが今後もグローバルで戦っていくための重要な鍵になると思っています。われわれは、インハウスで優れたクリエイティブを生み出している、世界でも数少ない会社です。その伝統を受け継ぐために、今後「Team 101」をさらにチームとして強化していかなければならない。その際に、日本の豊かな美や、日本らしい魂こそが、世界のどんなプレイヤーにも負けない強い武器になるのではないでしょうか。