
--1975年から銀座の街を彩ってきた総合美容施設「SHISEIDO THE GINZA」が、1月に「SHISEIDO THE STORE」として生まれ変わりました。今回のリニューアルの背景を教えてください。
信藤:いま、2020年に向けて東京の街は変化しつづけ、銀座への注目も高まっています。そんななか、資生堂の本店たるSHISEIDO THE GINZAも次のステップに進み、ブランドの未来像を体現するフラッグシップストアに生まれ変わる必要があると考えたのです。
コンセプトから見直した本格的なリニューアルのため、SHISEIDO THE GINZAのスタッフを中心にプロジェクトチームが立ち上がり、そのなかでクリエイティブ本部(2018年1月に宣伝部より組織変更)は、内装の設計や制作物といったデザイン部分の監修を手がけることになりました。
--名前も「SHISEIDO THE STORE」に変わりましたね。
石井:これは「資生堂本店」を英訳したものです。グローバルに通じる、わかりやすくてシンプルな名前が選ばれました。
信藤:「名は体を現す」をストレートに考えたらこうなりました。堂々としたプレステージ感のある名前だと思います。
--大きく変わった点はどこでしょうか。
信藤:以前は「マルシェ」というコンセプトで、自由に回遊し、資生堂のすべてのブランドを試せる、オープンな売り場づくりを主眼においていたんです。インバウンド効果もあって売上は好調でしたが、今回のリニューアルの目的は資生堂本店として、ブランド価値が正しくしっかりと伝わる店舗にすること。そこで資生堂の成長をグローバルに牽引している2つのブランド、「SHISEIDO」と「クレ・ド・ポー ボーテ」がより輝ける場所づくりを目指すことになりました。
また、空間的な見直しもありました。お客さまの急増やTax Freeなど想定外の環境変化によって、マルシェの自由な回遊型だと導線の整理がつかなくなってしまったのです。さらに2階より上はエレベーターで上がる設計のため、導線が分断されてしまい人が上階に流れにくいという問題もありました。
店舗営業を続けながら改装を進めるという非常に難しい条件のもと、これらの課題をスマートに解決してくれるパートナーとして、デザインオフィスのnendo/onndoさんに空間デザインをお願いすることになりました。
--パートナーのnendo/onndoさんとは、コンセプトをどのように空間に落とし込んでいったのでしょうか。
信藤:動線については2階へ階段を使って上がれる設計とし、お客さまが自然に回遊できる流れをつくりました。苦労したのは、これからの資生堂にとっての「プレステージ(高級感、上質感)」をどのように定義し、どのように伝えるか。それには、やはり資生堂ならではの歴史、伝統が活かせるのではないかと。そしてプレステージを体現するモチーフとしてnendo/onndoさんが提案してくれたのが、「花椿マーク」だったんです。
花椿マークは、1915年に初代社長の福原信三が自らその原型を描いたものです。100年以上前から使われているデザインなので、社内では、未来へ向けた活動を現すのにはふさわしくないのではないかという声もありました。
そこで、花椿マークをいかに新しく見せていくか、という課題を解決するために受けた提案が、マークのシルエットをパターン化するというものでした。シルエットを何度も繰り返して使うことが全館の特徴になっていて、その徹底ぶりは実際に店舗をご覧いただけるとわかると思います。
石井:鏡のフレームや照明の影、階段の手すりや壁、店内のいたるところに花椿マークのシルエットが使われています。ショッピングバッグなどのグラフィックデザインにも、シルエットを鏡に見立てたプラチナゴールドのマークを展開しました。店舗の雰囲気とマッチするように、色やパターンのバリエーションをたくさん試作して検討したものです。
--インテリアからグラフィックまで、nendo/onndoさんの提案から大胆に広がっていったんですね。
信藤:企業のなかにいると、自分たちのことが見えにくいことがあります。大切にしてきた花椿マークですが、ただ守っているだけではこういう発想はできなかったですよね。外部の眼を入れることで、女性的な曲線の連続パターンによる斬新な空間デザインが生まれました。
これからのプレステージブランドは、伝統や良質、高級といった側面だけでなく、遊び心も求められていると思います。これまで歴史を大切にしてチャレンジできていないジレンマがありましたが、今回のプロジェクトでは伝統と現代性を融合できたなと思います。
--ほかにはどんな見所がありますか?
石井:アイシャドウを用いた特殊塗装の壁や椿オイルを染み込ませたフローリングなど、インテリアの素材にコスメを利用しているんです。
信藤:パッと見てもわからないかもしれませんが、大事なのは、思わず誰かに話したくなるようなストーリー。それをnendo/onndoさんは考えてくれました。プレステージブランドとしてのストーリーがあり、上質へのこだわりと遊び心が共存している。それはそのまま、銀座という街のエッセンスでもありますよね。そこを社内の企画チームからデザイナーへしっかりとオリエンテーションできたので、このような提案をいただけたのだと思います。
--外観もリニューアルしていますね。
信藤:以前は大きなガラスで囲っていた1階部分を、2階以上の外観デザインと統一しました。ビル全体がひとつの店舗に見えるという効果を狙ったものです。
外観といえば、じつはカーテンにも工夫がありまして。「淡路結び」という伝統的な結びが施されていて、店舗のすべてのガラスに花椿マークのシルエット浮かび上がるようになっています。さりげないけれど、その上品さがオリジナリティーを演出しており、特に夜は印象的ですよ。
--SHISEIDO THE STOREでは、どのようなサービスを展開しているのでしょうか。
信藤:リニューアルを機に、1フロア増やして新しいサービスを導入すると同時に、いままであった化粧品の販売、エステティックやヘア&メイクアップ、フォトスタジオでの撮影などのサービスもバージョンアップしました。上の階に行くに従ってパーソナルになっていくのに合わせ、空間の密度や素材感も変化していきます。
--新設された4階フロアは、どのような場所ですか?
石井:4階には、カフェ機能を持ったコミュニティースペース「SHISEIDO THE TABLES」が誕生しました。私たちクリエイティブ本部が、企画のお手伝いをした部分です。「自分本来の美しさを取り戻す場」をコンセプトに、お茶と食事のほか、本の展示や販売、オリジナル商品やセレクト雑貨の販売、さらにはイベントも開催します。
下の階で提供しているサービスとホスピタリティーのさらに先にあるものとして、日常に持ち帰っていただける、美意識を高めるためのヒントになるような、化粧品以外のコンテンツも提供していきます。
--落ち着いてお茶や食事を味わったり、本を手に過ごしたり、隠れ家的な場所でもありますね。
石井:自然体でリラックスできる空間を心がけ、四季よりも細やかに季節を分けた五季という独自の時間軸で、手づくり感あふれるカフェメニューや本のセレクションを展開していきます。
季節の変わり目に五季を味わう食のイベントや、メイクアップやファッションのイベント、外部クリエイターとのトークセッションなども企画中です。花椿をモチーフにしたテーブルが象徴的な空間で、それが「SHISEIDO THE TABLES」の由来にもなっています。
--銀座の街を行く人が足を向ける新しいスポットになりそうですね。
石井:1階のショーウィンドウも五季に連動して変えていきます。現在はアーティストのミヤケマイさんの作品を展示しています。資生堂が銀座から発信するメッセージがリンクするように、雑誌『花椿』や資生堂ギャラリーなど他の部署とも連携していこうと考えています。訪れた人が、来るたびに新しいインスピレーションを得られるような場所にできればいいですね。
信藤:これから2020年に向けて、銀座もどんどん変わっていきます。そんな銀座の新しい記憶を資生堂が担い、訪れた人々に「銀座に資生堂があってよかったな」と思ってもらえたらすばらしいですよね。SHISEIDO THE STOREのイメージと銀座のイメージがそのまま重なるような、そんな感覚を与えられる場所になったのではないかなと思っています。