生態系思考でサステナビリティを次世代へ

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資生堂のクリエーターが、各界で活躍する方々と「美」を語る対談シリーズ。今回は、デザイナーの太刀川英輔さんをゲストに迎え、アートディレクター堀景祐が、新たな美のキーワードとして同社が掲げる「サステナビリティ」と、その創出に欠かせない生態系思考について、議論を重ねました。銀座の街をフィールドに、デザイナー2人の生態系思考対談は、デザインとビジネスの未来を見つめながら深みを増していきます。

銀座の街には豊かな生態系がある

:現在、資生堂銀座ビルの1階で 私がアートディレクター兼デザイナーをつとめたウインドウアートプロジェクト「銀座の生態からサステナビリティを考える」を展開しています。この展示化企画の前期では、銀座に生息する動植物をリサーチして、都市部に根付いている自然の生態系をズームイン、ズームアウトしながら分かりやすく、楽しく展示しました。

太刀川:いま、なぜ、このような展示企画を実施されているんでしょうか?

:資生堂という会社は主に化粧品を製造・販売してきました。当然これからは、モノ作りにもデザインにも循環型の取り組みや思考を取り入れ、サスティナビリティを実現することが求められます。企業を取り巻くこうした現状を背景に、クリエイティブ本部のデザイナーが、個人の興味や視点を基に展示を企画し、表現・発信することに意味があると感じたからです。

太刀川:展示を見ると分かりますが、銀座の街の生態系は意外に豊かですよね。

:はい、そうなんです。この資生堂銀座ビルを2012年に建設する際に周辺の生態系を調査したんですが、その豊かさに驚かされました。そこで、ビルの屋上に「資生の森」という植物群を設け、そこをハブに銀座の生態系がつながるイメージが、すでにできていましたし、何よりこれらの関係の意味や価値を視覚化して展示してみようと思ったわけです。そうすることで、資生堂が銀座の街の中につながりをもっと提供できるなんじゃないかと期待しました。なので、銀座の街で働く人たちに足を止めて見てもらえていることがとても嬉しいです。
リサーチの段階では、多くの発見や気づきがありました。特に銀座の街には、多くの人たちが訪れ、無意識に植物の種も運んでいます。そこに都市計画上植えた植物や自生の植物が加わり、かなり多様で特異な生態系を形成していることが分かったんです。

資生の庭

つながりの見えにくさを解消しよう

太刀川:人間もそもそも生態系の一部であることを自覚すべきですが、今までその認識に欠けていたのではないでしょうか? 水道をひねれば、水が出てくる。でもその水がどの河川のどの流域を源流にしているかを知ろうとはしません。それは化粧品も同じ状況で、生薬などがどこで採られたのかを詳しく問いませんよね。石油製品にしても、どこの油田で採掘された原油かを知る必要はありませんでした。こうしたことが、これまでの工業化社会の前提だったんです。これはつまり、生態系的なつながりが分からないでよい、という幻想なんですよね。デザインもその幻想を越えた視野を持つべきでしょうし、つながりの可視化も必要でしょう。つながりの接点を作ることも求められています。そのための答えを見つけることは容易ではないけれど、絶対に解決しなければならない問題です。

株価や売上に見えているのは、数字のみです。その先に生態系があるはずなのに、そこを見ずに活用して最後は捨てます。さらに捨てられた後のことも知らない。こうしたつながりの不明に疑問を持たずに今日まで来てしまった工業化社会が持続不可能になり、行き詰まったことは明らかです。工業化社会を前提にした文明の限界は、21世紀の中頃には来てしまうでしょう。つまり、人類はこれまで生態系の読み方が下手だった。狭い視野で生態系を見ていたんですね。でもこれからは、視野を前後左右に広げて生態系を見ていかなければなりません。

脱・人間中心のデザインアプローチ

:我々デザイナーに、新たな課題ができたと考えるべきでしょうね。

太刀川:はい、そのとおりです。ごく最近まで、ヒューマンセンタード(人間中心・ユーザー中心)が正しいデザインとされてきました。それ以前は、人間中心なデザインすら実現されていませんでしたからね。しかし、いまや、人間が中心ではだめだと分かり始めています。多様な生態系の中に人がいて、そのつながりの中で製品やサービスを提供する思考とアプローチが求められています。それはデザイナーへの新たな課題であり、エキサイティングな挑戦でもあります。きっとこの領域から新しいデザインが生まれますよ。生態系を無視した時代から、考える時代に突入したのは、人類の歴史上かなり画期的なことですから。そうすれば、未来の人たちへの責任や良心も現代の産業の中で視野に入れながらデザインに向き合えるでしょう。

それで、ウインドウーアートのリサーチや制作を実行した堀さんに、銀座の未来について見えてきたことはありましたか?

:まず、銀座の未来を想像しながら街を歩いてみました。分かってきたのは、銀座には新しいものもあれば、長い歴史を持つものもあって、それらが混在しているということでした。その中でさらに見えてきたのは、長い歴史を持つものが担っているのは、この街の文化だということです。この長い歴史を持つ文化を正しく解釈して、未来につなげていくということを資生堂がやっていかなければならないと思っています。自然の生態系だけでなく、人の営みにもつながりは必要だし、そうしたつながりも街の文化的な生態系として見ることが必要ですよね。
放っておけば、地域の中で企業と街の人たちの間には距離ができてしまいます。いまこそ、そうした関係性を未来に向かって構築するタイミングなんだなとも肌で感じています。

太刀川:新しいものを作るときに、少し自然に向かって近寄るという方法にも可能性がありそうです。資生堂銀座ビルを建てるときに、屋上に森のような植物群をしつらえていますよね。今回は加えて、生態系が息づいているとは到底思えないこの街の実態を展示という形にして、生態系への認識を呼び覚まそうとしている。その意味で、資生堂銀座ビルがここにあり、ウインドウーアートの展示で街に向かって情報発信していることには街とのつながりを感じます。

:展示のために採取、撮影した動植物もその営みの中で、つながっているということにも気づかされました。営みとしてつながることは、人も動植物も一緒なんだと。そうした見方をすると、人も自然の生態系の一部ということを改めて思い知らされます。

ミツバチなどは1年に4700億円の富をもたらす

太刀川:銀座には屋上でミツバチを飼育されている方々がいらっしゃいます。このミツバチなど花粉を運ぶ昆虫が人類に大きな富をもたらしているというデータがあります。日本国内だけでも1年間に4700億円の経済価値を生み出しています(農業環境技術研究所推定)。世界規模で見ると、66兆円の経済価値を生み出しているそうです(IPBES発表)。

:蜂蜜の売り上げではありませんよね。

太刀川:はい。主に、農産物など植物間の受粉(送粉)です。ミツバチなど昆虫が生態系の中で行う受粉という営みが、人類にこれだけの富をもたらしているんですよね。そんな価値がこの銀座でも発生しているんでしょう。知るべきなのは、それによって銀座がどう影響を受けているのか、これも関係性やつながりを解きほぐすことで理解できそうです。

一方、つながり方は実に様々です。ミツバチなど昆虫と植物、人間とは受粉でつながっているし、水でつながる関係もあるし、空気でつながるものもあるし、実際にはこれらが複雑に絡み合っています。したがって、つながりを理解するには、視点や観点をまず固定して、いくつかのレイヤーに分けて整理・統合して理解を深めていくほかないかもしれません。

今回、堀さんが試みたのは、銀座において生態系サンプルを集めて可視化したわけですけど、それらのつながりを1つの森として見るようなアプローチは銀座の生態系を理解し、可視化する際に有効ではないでしょうか。もちろん、森林の専門家も巻き込みながらですけど。つまり、生態系サンプル1つひとつより、これらのつながりにフォーカスすることが今後は重要だと思います。複雑なつながりをある断面で切ったときに、真の生態系が見えてくるはずです。

:そうしたつながりの読み解き方や表現方法を、デザイナーも模索しているところです。展示企画を進めるうちに、銀座1丁目に生息する動植物と銀座3丁目に生息する動植物との関係に関心が向かいます。個々にサンプル化したからこうした関係性に気づいたわけですけど、つながりを意識すると、街が動的に見えてきました。次のステップとして、このようなアプローチで、銀座の生態系を読み解いてみたいですね。

銀座を1つの森として見る

太刀川:だとしたら、先ほどアイデアとして申し上げた「銀座を1つの森として見ようプロジェクト」は、今後実際に取り組めるなら、なおさら面白いですね。どこ産の観葉植物を植えているとか、どこの土を運んできて屋上緑化を行っているとか、家の前のプランターにどこ産の種を植えているとか、これまで見えていなかった銀座独自の生態系とつながりが見え始めるかもしれません。さらに、植物の生育状況を資生堂がデータ化して、皆で銀座を森にしようという地域活動にもつなげられるかもしれませんね。

:今回の展示では、中央区の方々に協力してもらいました。彼らは、銀座の街の街路樹を管理しているので、整備されている植物にはとても詳しいんです。本当に助かりました。でも、銀座には住宅エリアもあって、そこの住人の皆さんは家の前に思い思いの植物をプランターで育てていらっしゃいます。こうした生態系も都市の風景になっています。これらは人の営みが染み出しているような感覚です。銀座には路地が多いため、住民の皆さんが自宅で楽しみながら営み、さらに街へ染み出していく生態系を管理しきれない面があります。しかし、これらをポジティブにとらえて、さらに歴史や文化の深いところにダイブして、銀座の生態系としてつながりを読み解いていきたいですね。

太刀川:さらに言うと、植物と人間の心理的、精神的なつながりが生む効果についても着目したいですね。あるプロジェクトでリサーチしたんですけど、例えば、病室から見える場所に植物を置くと、入院患者が癒されたり、リラックスできたり、病状が快方に向かう傾向があるというエビデンスもあります。また、職場に植物を持ち込むと作業効率が上がったり、クリエイティビティが増したり、従業員間のコミュニケーションが活性化したり、特定の植物の香りが固有の心理的効果を発揮したり、そんな研究論文もある。こういうことを銀座の新築・改装ビルの計画に織り込むことも、銀座の生態系を豊かにしていくことにつながるでしょう。

植物編-2021年 4月〜8月 
「銀座の生態からサステナビリティを考える」プロジェクト(前期)
https://creative.shiseido.com/?post_type=work&p=87282&preview=true
フィールドワークや生態調査を通じて発見した銀座に生息する植物(街路樹 / 野良花等)や生物に着目し、それらを素材としたクリエイティションをウィンドウーアートとして展示。

Photo : JUNPEI KATO Production : HAKUTEN CREATIVE
 
大地編-2021年 9月〜11月
多様な生き物や植物を支えている銀座の大地に目を向けると、アスファルトだけではなく、カラフルで多様なレンガのタイルや街路樹の下の様々な土の色がみられる。そこには銀座の人々の美意識、歴史が潜み、生態の循環構造の根幹をになう銀座の大地のダイナミズムが立ち現れる。

Photo : JUNPEI KATO Production : HAKUTEN CREATIVE
 

:そういう観点で、街の生花店の役割やあり方を見ると、銀座やそこで繰り広げられる人間の営みの未来を垣間見ることになりそうですね。未来において、生花店の意味は変わっているんじゃないかと…。つまり、生態系をベースに現実を見つめることは、未来志向なのではないでしょうか? 我々は、その延長線上にあるサステナブルなものとして美を考え、創造し、提供していきたいですね。

太刀川:つながりが見えていれば、未来もある程度見えてくるはず。未来はわからないけれど、現在のつながりの延長には違いない。すべて見通すことはできくても、見ようとしなかったつながりを理解し、現在よりも未来から見て良くすることはできるはずです。それが未来にとっての価値を今の私たちが創造するということだと思います。それは、全ての企業やデザイナーがこれから確実に問われることです。資生堂が関わる生態系は、地球上にあまねく広がっていますよね。この現在のつながりを明らかにしつつ、未来に向けて良くしていくことには相当な意味がありますし、社会的に大きなインパクトを与えるでしょうね。これこそ「万物資生」と言えます。

ウインドウーアートは中期、さらに後期へ

:そうですね。最近、私も太刀川さんの著書『進化思考』を拝読しました。デザインの書籍としても読めますし、哲学書としても読めますね。

太刀川:はい、そのつもりで書きました。進化思考の中で、つながりや関係性、生態系などについてまとめた章が「生態」で、一番多くのページを割いています。書籍全体で言いたいことは、あらゆる生物が変異と適応を繰り返して進化してきたことを前提に、人間が生む発明や文化、芸術などの創造性も、変異と適応を繰り返しながら進化していくものだと考えると、とてもシンプルに理解できるということです。中でも今まで見えていなかった適応を観察することが大事です。つながりや関係性の理解が、適応の第一歩です。これがエコロジーやサステナビリティの本質でもあります。
そう読んでいただくと、著者として嬉しいですね。関係性の認識が難しい生態系を読み取るヒントにしてもらいたいです。

太刀川英輔 著『進化思考』(海士の風、2021年)

インタビュー・テキスト:下川一哉 / 意と匠研究所
撮影:姥 貴章 / SHISEIDO Creative Lab

資料画像提供
:NOSIGNER
:HAKUTEN CREATIVE            

Profiles
  • 太刀川英輔 | #デザインストラテジスト
    NOSIGNER代表 / JIDA(公益社団法人日本インダストリアルデザイン協会)理事長 / 進化思考家
    デザインストラテジストとして、プロダクト、グラフィック、建築などの高度なデザイン表現を活かし、SDGs等を扱うプロジェクトで希望ある未来をデザイン。国内外の100以上のデザイン賞を受賞、グッドデザイン賞等の審査委員を歴任する。
    山本七平賞を受賞した著書『進化思考』(海士の風、2021年)に体系化された、自然から創造性の本質を学ぶ思考法は、産学官の創造的人材育成に用いられる。
    主なプロジェクトは、東京防災、PANDAID、2025大阪・関西万博日本館基本構想など。他の著書に『デザインと革新』(パイ インターナショナル、2016年)がある。
  • 堀 景祐 | #アートディレクター
    2010年、千葉大学工学研究科建築・都市科学専攻修了。同年、資生堂入社。主な仕事に、資生堂銀座ビル、国内外イベント、グローバルSHISEIDOなどの空間デザインがある。
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