五感を通じて美を探求

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『Global Creators’ Summit』(以下GCS)は、資生堂のクリエイションに携わる世界中のクリエイターを招いて開催される、年に1度のクリエイティブリサーチプログラム。2019年度は、鎌倉を舞台に「五感を通じた美の探求」をテーマに、2泊3日の日程でさまざまな体験をすることになりました。本プログラムは、クリエイターの感性を刺激し、連帯感を強化することを目的としているわけですが、今回の旅を通じてどのような気づきがあったのでしょうか。参加者の中から、資生堂のアートディレクター小林麻紀と、『GCS2019』のクリエイティブパートナーBrody Associatesのファウンディングアソシエイツ古屋言子さんに話を伺いました。

未来のことやデジタルの世界のことを考えすぎるのをやめて、今に意識を向ければ「楽しい時間」を増やせると思います。(小林)

ーー 今回の『GCS』は鎌倉が舞台でしたが、いかがでしたか?

古屋 実は実家が横浜で、子供の頃から家族でよく足を運んでいたので、馴染み深い場所です。とても穏やかで、楽しい時間が過ごせる、良い思い出のある街です。

小林 私は観光地として見ていました。都心からそれほど距離が離れていないので、旅行気分を気軽に味わえるのが良いですよね。いつも紫芋アイスを食べます(笑)。

あと、今回お世話になったローカルパートナーの家は海が見渡せて、遠くからでも波の音がきちんと聞こえてくるんです。街にいると逆に聞こえないのが不思議でした。鎌倉にいると、自然とともに生活することの貴重さや素晴らしさを感じることができますよね。

ーー プログラムのチェックインはクリエイティブディレクター藤原大さんのアトリエだったそうですね。

古屋 良い意味で鎌倉らしくないというか、別の街に来た気分になりました。でも、とても素敵で。室内の天井が高いので開放感がありましたね。ワークショップの日は快晴だったので、夕陽が部屋いっぱいに入り込んでくるのが気持ち良かったです。

小林 高台にあるので見晴らしが本当に素晴らしくて。自然とともに生活している感じがしました。でも、おじいちゃんとかおばあちゃんになったら、どうやってたどり着くんだろうとふと考えちゃいました(笑)。

ーー ここでは予防医学研究者の石川善樹さんをお迎えして、「Well-being(人がより豊かに生きること)」に関する基調講演があったそうですね。石川先生の話を聞いてどんなことを考えましたか?

古屋 石川先生の話の中で「わび・さび」の英訳がいまだに一定しない、という話が印象的でした。これは単に英語で自動変換できる言葉がないのではなく、語る相手や環境、時間や次元によって解釈が異なる「厚み」を持つからである、と。それって、日本の文化や日本の美意識を照らし写す資生堂のコミュニケーションと近しい気がして。

石川先生の登壇

ーー というと?

古屋 たとえば、視覚的表現における「間」って空間的な余白でもあるし、速度を表すリズムでもあるし、複数の要素をつなぎ合わせる接合点と、定義は一つではありません。

これを表現に落とすときは、ある枠組みの中で構成することになるので、概ねゴールにたどり着けるように設計できます。でも、定義が一定ではないからこそ、ある程度の自由さを持たせることで表現を豊かにできるんです。そういう数字や言葉だけでは説明できない感覚が、資生堂のコミュニケーションにはあると思っています。

ーー なるほど。小林さんはいかがですか?

小林 私は資生堂の企業ミッションにもなっている「Beauty innovations for a better world」に関する話が記憶に残っています。

企業ミッション動画

小林 石川さんは研究者らしくデータを用いて「better world」について説明してくださったんですけど、技術の進化によって人々の生活は便利になった一方で「楽しい時間は減っている」そうなんです。

じゃあ、何をもって「better world」を測るかっていう話になるんですけど、私は多様な価値観が認められているか、その多様性を担保するために損なわれることはないか、そういうことが指標になるんじゃないかなと感じています。たとえば、美しさって一見ネガティブに見えるものにも見い出すことができるんですよね。そういう多種多様な美しさを否定せず、いろんな人が言葉や絵や動画や音といった手段を使ってシェアできたら良いなって。そのうえで資生堂がシェアの輪のなかに入ることができたら理想的ですよね。

あと、楽しい時間が減っているのは、目の前のことに向き合えていないことが原因なのかなと個人的に思いました。未来のことや、デジタルの世界のことを考えすぎたりするのをやめて、今に意識を向ければ「楽しい時間」を増やせるのではないかと思います。

古屋言子さん(右側)
ディスカッションの様子

頭で理解して判断するプロセスから離れて、五感で感じてモノやコトを把握するのは新鮮でした。(古屋)

ーー 2日目はまず、東慶寺という禅寺で座禅を組んでから始められたそうですね。

小林 最高でした。住職の井上大光さんのガイドがあったので、日常的に取り組んでいる瞑想よりも取り組みやすかった印象です。あと、座禅を組む前に体をほぐしていくのが良かったですね。それによって身体と心が一体化しやすくなったと思います。ちなみに、痛くないと聞いていたから試しに背中を叩いてもらったんですけど、しっかり痛かったので、なんだか嬉しくなりました(笑)。

古屋 私は人生で2度目の座禅だったんですけど、座りはじめは神経が過敏になってすごく窮屈に感じました。でも、呼吸が一定してからは身体と精神のバランスが取れて、すごく安心した状態になれたと思います。

ーー その後は、劇作家の石神夏希さんが手がけられた「チームに分かれて鎌倉を散策する」ワークショップがありました。デジタルデバイスの使用が一切禁止され、五感を活用することが求められましたが、何か気づきはありましたか?

劇作家・石神夏希さんによる旅のオリエン
グループに分かれて鎌倉で活躍するアーティストに会いにいった。古屋言子さん(右側から二人目) 、小林麻紀 (右側)

古屋 携帯電話から解放された環境だったこともあり、目の前にいるメンバーの表情や会話のテンポに集中することができました。いつもよりも丁寧にコミュニケーションが取れた気がします。あと、ゴールに辿り着かないと夕食にありつけないとか、そういう明確な目標が設定されていたので、より団結力が深まったのかもしれませんね(笑)。

小林 でも、時間のことも気にせず、けっこう自由に過ごしてしまった気がします。気付いたら暗くなっていて、まずいと思いましたね(笑)。言子さんともう一人でチームを組んだのですが、人柄がバラバラな3人が集まったからこそ、相談しながら進めるのが心地良かったです。

ーー 3日間を通じてクリエイターとしての気づきはありましたか?

古屋 頭で理解して判断するプロセスから離れて、五感で感じてモノやコトを把握するのは新鮮でした。新しい発見があったのと、これまで忘れていた感覚が蘇りました。

コミュニケーションデザインに関わる立場としては、形状的な表現作りも大切ですが、メッセージをいかに伝達するかも同様に大切だなと感じました。だから、伝達プロセスそのものについてもっと思考を深められるんじゃないかなと今は思っています。

小林 この3日間は、禅をしたり、携帯電話を使わない生活を送ったりしたことで、自分に起きた出来事を静かに噛みしめることができました。それであらためて自ら体験し、心を動かすことは大切だなと思いました。

普段の仕事は、席に座ってパソコンと向き合う時間が大半です。しかも、いくつかのプロジェクトが並行して動いているので、思考も分断されがちなんですよね。でも、ときには体を動かして、ひとつのことに集中して取り組むことも必要だなと思いました。

広告はたくさんの人に届けなければならないものですが、一方で、ものすごく個人的な視点で制作しなければ人の心は動かせないので。

テキスト:村上広大

2日間を言葉にして書き出し、互いにシェア
参加者の集合写真
Profiles
  • 古屋 言子 | Brody Associates ファウンディング・アソシエイツ
    Brody Associates ファウンディング・アソシエイツ。デザインマネジメント事務所、広告代理店、デザインメーカーを経て、2011年よりフリーランスとして国内外をフィールドにデザインマネジメント、PR、デザイン教育に携わる。非営利団体D&AD(英国)のリージョナルマネジャー日本 / シンガポールを務める。
  • 小林 麻紀 | アートディレクター
    1989年生まれ、東京都出身。2012年武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。同年資生堂入社。
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