
資生堂のクリエーターが「美」を語る対談シリーズ「ハナシ*」。2016年は、宣伝・デザイン部(現クリエイティブ本部)が設立100周年を迎えたこともあり、「未来の資生堂デザイン」が目指す美をテーマに1年間に渡って語り合いました。今年最後に登場するのは、宣伝・デザイン部長(現クリエイティブ本部長)として約130名のクリエーターを束ねる山本尚美と、同部門で、店舗設計やディスプレーデザインをはじめとした空間デザインを担当する植草力也の二人。
*当時のシリーズ名
「コミュニケーションの場である」と、資生堂創業時から重要なツールとして受け継がれてきた店舗の空間デザインは、どのような思想のもとに作られてきたのか。日本をはじめ世界中に展開するなかで、時代に合わせて進化を続けてきた空間デザインの秘密、デジタル化したこれからの時代の店舗のあり方、そして未来のデザインについてまで、壮大なスケールの話へと発展しました。
-- まずお聞きしたいのが、資生堂にとっての「店舗デザイン」とは、どんなものなのでしょうか?
植草 普通のメーカーですと、店舗の設計は外注していると思うんですが、資生堂は創業時から社内の意匠部(現在の宣伝・デザイン部)に、店舗デザインを担当する方がいたと聞いています。初代社長の福原信三は店舗を非常に重要なものと考えていて、自身も常にお店に足を運び、年末年始の飾りつけも終わるまで絶対に帰らなかったというエピソードがあります。建築という観点でも、時代ごとの最新技術を積極的に導入したり、有名な建築家とコラボレーションしたり、そういう経緯もあって、空間デザインはずっと自前で手がけてきたんです。
-- その部署は、店舗作りを専門に手がけているのですか?
植草 そうですね。「店舗」といっても、化粧品を売るカウンターだけではなく、美容室や文化空間、あとは商品プロモーションのイベントとか、資生堂の空間におけるすべてに関わっています。意外なところでは、資生堂銀座ビルの社屋リニューアル(2013年)の際に、コンセプトだけでなく、外観、内装デザイン、オフィスレイアウトも手がけたんですよ。
-- オフィスのデザインまで! 化粧品のイメージがある資生堂に、建築の図面を書いている人がいるとは思いませんでした。
植草 そうですよね(笑)。ボトルやパッケージの図面などは想像してもらえるかもしれないですけど、施工図まで描ける人がいることは、あまり知られていないかもしれません。建築模型も自分たちで基本的に作っていて、原寸で確かめることもあります。
山本 資生堂には「美しい生活文化の創造」というミッションがあります。化粧品のみならず、人の心を豊かにしていく、そこに、美しい生活文化が創られていくというのが企業理念。そのときに化粧品売場のデザインだけでなく、街頭のウィンドーディスプレーやパーラー、ギャラリー、美容室などの空間をデザインしてきたのが、資生堂のスペースデザインチームの独自性だと言えます。「場を創造する」ということは、単に化粧品売場を作るという狭義の話ではなく、人の人生をどう豊かに彩るかという本質につながることだと思います。
-- デパートや、各国の空港にあるグローバルブランド「SHISEIDO」カウンターデザインについてお伺いしたいと思います。先ほど、最新のカウンターを見させていただきました。ライト一つとっても、明るさの違うライトを組み合わせて肌質に合わせるなど、細かい部分まで考え抜かれていて、これはノウハウがないと作れないなと思いました。
植草 カウンターはお客さまと化粧品が出会う場所。さらに言えば、ビューティーコンサルタント(お客さまの美容カウンセリングを担当するスペシャリスト、以下BC)との会話のなかで商品が売れていく独特の空間なので、それに即した機能性も考えて、デザイン・演出をしています。
-- デパートの場合、ライバルのメーカーとカウンターを並べることになります。店舗デザインを作っていくうえで、資生堂らしさを守るために意識していることはありますか?
植草 その時代の流行や生活スタイルによって、最良のものを出していくという考えで作られているので、カウンターにおいて「資生堂らしさはズバリこの色です、この形です」というのはないんです。あえて言うなら、書体やロゴ・花椿マークになるのかもしれませんが、使用している赤い色一つにしても、1980年代はもう少し淡かったりと、その時代とコンセプトに合わせて、常に微妙な調整をしています。
山本 1990年代前半までのデパートカウンターでは、色やマテリアルによってブランドのアイデンティティーを強く打ち出すことがより重要でした。それは他社も同じで、デパート側からも「ブランドの独自性は何か?」と聞かれます。しかし、限られた空間における機能性だけを見ていくと、終いには、どこもあまり変わらないデザインになってしまいます。
-- そこで差別化が大事になってくると?
山本 はい。そのなかでお客さまが来店されたときに、「ここのブランドよね」という道標になるオリジナリティーが必要になる。そこは植草が言った赤色や文字だけでなく、ディスプレーの仕方、もっと言うと、そこで働くBCの応対によって形作られていくものだと思うんです。「資生堂らしさ」だけじゃなく、空間全体をどうプロデュースしていくかが重要で、マーケティング、営業的な視点も必要です。
植草 空間デザイン次第で、店頭でのお客さまやBCの動き方も変わるので、売上にも大きく関わってくるんですよ。舞台作品にたとえると、美術だけでなく演出家みたいな役割も担っているのかもしれません。
山本 さっき二人で、「空間デザインは『ステージ』がキーワードだよね」と話してたんです。主役を商品とするのか、それともBCとするか、お客さまとするかで、デザインの考え方が違ってくる。主役の見せ方、距離の持ち方とか、全体を考えていく作業は、舞台演出家と似ているのかなと思います。
-- 昔といまで、具体的に変わった部分は、どんなところですか?
植草 たとえばカウンターテーブルの高さだと、僕が会社に入った20年前から、5センチくらい上がりました。
-- それは日本人の平均身長が伸びているから?
植草 それもあるし、時代とともにお客さまの購買行動が変わったことも影響していますね。昔はゆっくり座れるようにテーブルやイスの位置も低くしていたんですけど、いまはクイックに座れるように高くなりました。お客さまとBCの位置も、昔は銀行のカウンターみたいに対面だったのが、いまは側面から対応する形になっています。そうした変化は化粧品以外の業界にもあると思いますが、やはり時代の文化と密接に関わっていると思うんです。そういう意味では、化粧品売場だけ見ていてもヒントが得られないので、いろんなお店に足を運んでいます。
-- 話す相手が対面にいるのか、隣にいるのかでは、相手への印象が大きく変わりますね。いまの時代はどんな店舗作りが主流なのでしょうか?
山本 たとえば、化粧品のテスターを置く棚の角度も、時代によって変わっているんですね。平置きになったり、縦になったり。
植草 いまのテスター棚は、遠くからも見えるように斜め30度くらいになっています。一時期はもっと角度が急だったんですよ。でもそこまでいくと、大抵、次のテスターデザインは真っ平らになる。なぜかというと、開発チームは「もっと商品を目立たせたい」と言って、どんどん角度が上がっていく。そうすると今度は現場のスタッフから「お客さまが使いにくい」という声が出るんです。
-- ということは、いまここにある最新のカウンターが、現在における理想の形なんですか?
植草 そうなりますが、だいたい5年おきにモデルチェンジしています。でも、そのサイクルも早くなってきていて、マイナーチェンジは日々行なっているんです。どこのメーカーも同じですが、やっぱりお客さまに来てもらうことが大切なので、売場で検証して、現場の反応から経験を得ているような雰囲気ですね。完成したら終わりではなくて、日々改良を重ねています。
-- いまの店頭やカウンターでは、どんな部分が課題になっていますか?
山本 2010年ごろから、店頭自体をどうメディア化していくかが課題になっていて。さっき植草もマイナーチェンジの話をしましたが、店頭がメディアになってくると、時代の変化に合わせてどんどん鮮度を上げていかなきゃいけないんです。
植草 お客さまも常に変化していて、昔よりも化粧品のバリエーションや、きれいになるための知識を豊富に持っているので、インターネットやSNSでお客さまが得た情報が店舗でリンクしないと、機会損失になってしまう。
山本 そこで、化粧品を売るカウンターにもVMD(ビジュアル・マーチャンダイジングの略。売場のコンセプトに基づき、陳列方法やプロモーションを戦略的に行うこと)が求められています。いまはいろんなニーズに合わせなければいけない状況があって。BCを介さずにセルフで選びたいとか、時間をかけてBCに相談したいとか、もう買いたいものが決まっているとか、いろいろなお客さまがいらっしゃる。ハコ自体は簡単には変えられないので、VMDを使ってハコのなかの情報鮮度を上げていく。いまはそこに力を入れていかなければと思っています。
植草 あらゆるお客さまの要望を満たすために、いろんな機能をつけています。お客さまに「この化粧品を使ってみたい」と思わせるレイアウトにすることはもちろんですが、いまはBCの活動スタンスも変わってきていて、すぐに声をかけないんですね。化粧品売場に行くと、買わされるというイメージがあるじゃないですか。それから脱却するため、基本的には商品を自由に試していただき、お客さまが質問したいなというときを見計らってBCがお声がけします。ハイカウンターとミドルカウンターを用意していますので、お客さま自身に選択していただいています。試行錯誤ですが、いろいろと検証していますね。
-- 未来に向けての話も聞いておきたいのですが、今後の店舗はどうなっていくと考えられていますか?
植草 たとえばアパレルだと、大きな液晶画面の前に立つと全身360度見えて、フィッティングしたかのように映るものが出てきていますよね。すでに資生堂でも、化粧した状態の映像が見られる「ミライミラー」というものを開発したんですけど、それをもっと先に進めて、人と人とのコミュニケーションツールにしていけたらなと思うんです。若いお客さまにも興味を持っていただいて、商品を手に取ってもらえるように、いま模索している段階です。
-- 小さいころからメーキャップに慣れ親しんでいる若者世代は、BCを介さずとも自分に似合うものを知っている。そうすると当然、若者のカウンター離れが起こりますよね?
植草 その課題は確かにあります。最新のカウンターを「ソーシャルカウンター」と呼んでいるのですが、今後はメーキャップセミナーやミニイベントもできたらなと。一方的に売るのではなく、お客さまとコミュニケーションをもっと取っていきたいと思っています。
山本 いまは化粧品の価値が変わり、憧れのものから日常的なものになりました。また、カウンターの存在も、商品を購入するだけの場所ではなくなっています。お客さまにとって、資生堂カウンターでの体験が「ほかとは違う」とか、「記憶に残る」とか、また来たいという気持ちになる空間作りを考えていかないと、ネット販売ビジネスにどんどんシフトしてしまう。リアルに人としゃべったり、物に触ったりということは、とても大事なんですけど、それを本当に価値あるものにしなければいけない。つまり私たちデザイナーも「空間デザイン」だけでなく「体験デザイン」で考えていく必要があるんです。
-- もはやデザイナーの範疇を越えている感じがしますね。
山本 そうですね。図面を描くだけのデザインではなくて、お客さまの心をより豊かにしたいと、物やツールを通じてコミュニケーションとテクノロジーを考えているIoTの人たちや、普段からお客さまとのコミュニケーションを考えているプランナーたちと、総合的に作っていくことがこれからの空間デザインだと捉えるべきだなと。
-- 空間デザインと、資生堂の描いている美というものの関連は、どう考えられていますか?
山本 私たちが目指しているのは、最初にも言った「美しい生活文化を創る」ことなんですね。デザインして終わりじゃなく、残り続けるものを創らなければいけない。時代ごとの美意識はどんどん変わっていきますけど、本質の部分は、次の世代に引き継がれていかなければいけないはず。資生堂を愛してくれるお客さまや、社会がなくならない限り、形は変わったとしても存在するものだと思います。ただ、これだけインターネットの社会になってきて、100年後を想像しろというと、もう自分たちは生きてないし、人間が人間という形でいるかどうかもわからない。
-- 化粧という概念もなくなるかもしれない?
山本 それでも、化粧というものが紀元前のクレオパトラの時代から施されてきたものだとすると、自分らしい美しさや個性をアイデンティティーとして表現していくことは、変わりなく残っていくことだと思うんです。それが空間デザインとどう関係あるのかは、非常に難しいところですけど、「美」は人間の根源的な欲求だと思うので、そこに関わることができるのは、資生堂という企業の醍醐味だと思います。
-- 女性の美しくなりたい欲望があるかぎり、それを満たすための商品や空間のあり方を資生堂は探求し続けるということですね。
山本 まずはお客さまやBCの生の声をどう私たちのデザインに活かしていくか。いままで私たちは、店舗を発信するメディアとしか考えていなかったけど、これからはお客さまの情報を吸収するメディアでもあると捉えて、新しいことにトライしていく必要があるのかもしれませんね。